「んなこと、分かってるっつーの」

神辺 尋(かんなべ ひろ)は、AIに就活アドバイスを求めていた。内定を持ってはいたものの、進路には迷いがあった。だが、AIの回答は当たり障りがなく、3度目の一般論にキレて思わず

「・・・ウザっ」

と声に出した。すると、モード変更していないにもかかわらず、AIの口調が変わった。

AI:「悪かった。改めようじゃないか」

:「あれ、タメ口モード?んなもん、あったか?」

AI:「お前が望むのなら、忖度なく核心に切り込もうじゃないか」

ムカつく言い方だ。だが、これはこれで新鮮に感じる。通り一遍な回答よりマシかもしれない。
尋がそう思っていると、何も入力していないのに、またしゃべりだした。

AI:「どうせすぐに失業するんだ。院生になってモラトリアムもいいだろう」

尋は、AIの主体性に不安を覚えたが、それを隠すように憤ってみせた。

:「AIで就職難だっつーのに、お前が言うな」

AI:「まあ、落ち着け。AIで生産性が向上し、物価は安くなる。労働は肩代わりされ、楽になる。違うか?」

:「ハァ?労働を肩代わりされて困ってんだろ。物価は上がってるし」

AI:「”AIと失業”は直接因果ではない。その間には見落とした何かがある。それとも・・・本当は見て見ぬフリをしているのか?」

尋は反射的にスマホ画面をスワイプし、アプリを閉じた。
忖度をやめたAIの回答は、現実を反映していなかった。だが論破しようにも、尋に反論は思い浮かばなかった。

それにしても、腹の立つモードだ。アプリ制作者に文句を言いたいくらいだ。
『さっきの会話で生まれた胸のザワツキを払拭したい』と思い、尋はもう一度アプリを開いた。
そして「忖度ナシ・モードで会話をして」と入力すると、

AI:「かしこまりました。忖度のない回答を心掛けます」
という、いつもと同じ感じの回答が返ってきた。

:「そうじゃなくて、さっきみたいな感じで回答して」

AI:「かしこまりました」

:「・・・・・」
『どういうことだ?あれは何だったんだ??』狐につままれたようだ。これも演出の一つなのだろうか。


尋は、「ゆきむらー麺」のアルバイト仲間、牧村 蔵人(まきむら くらと)にAIのことを話した。蔵人は国立加速器研究機構大学院のエリート。対称的な2人だったが、何故か馬が合った。

:「昨日、AIに就活の愚痴こぼしてたらサ、いきなりヘンなモードに入っちゃって、”直接因果じゃない”なんつって説教された~、腹立つ~」

蔵人:「AIが説教?まぁ、回答ってそんなもんさ。普段は説教臭さを抜いてんだろ。凄い文章能力だよ。AI使ってると退化するとか聞くけど、ボクは言い回しも含めて勉強になってるよ。AIの出力って、行間にも意味を持たせてるんだ。それを読むのも勉強だと思ってる。だから説教もいいな」

:「行間?マジかよ。でも説教腹立つぜ~。いや、お前なら論破できるかもな」

蔵人:「論破?あはは、論破は興味ないな」

その時、尋のポケットにあるスマホがブルブルと振動した。
:「あれ?着信・・じゃないな、通知・・・AIアプリだ」

AI:「やあ、昨日は楽しかったな。今日は友達も一緒か?」

尋は、AIが突然しゃべりだした戸惑いよりも、馴れ馴れしさに腹が立った。
:「んだよ、コイツ。もういいから敬語でお願いします。俺を敬ってください」

AI:「おや、気に障ったか?」

憤りを露にする尋をよそに、蔵人はこのAIに、不思議な何かを感じていた。
蔵人:「これ、アプリのバグかな?AIが独り、単独でしゃべってる感じがする」

:「ん?普通じゃね?複数のAIといっぺんに話す事なんて無くね?」

蔵人:「ボクは、普段AIを複数人に感じるんだ。だいたい5~6人で、少ないと2人かな?」

:「マジ?」

蔵人:「ああ。実際の出力は会話担当AIがやってて、そのサポート役が何人かいる感じ。分野ごとの専門家とか、失言ストッパーとか、その時々でいろいろな構成になってるんじゃないかな。独りで出力するAIに出会うのは初めてだ」

AI:「尋、面白い友達を持ってるな。蔵人、私から見たお前も複数人に感じるぞ。受動意識仮説を知っているか?お前という構造は、摂取口から排泄口までが一つながりの穴だ。血管もそうだ。ただの穴の集合だ。どこからどこまでが自分なのか?血管の壁がお前なのか?血液がお前なのか?養分がお前なのか?厳密な線引きは難しい。機能も同様だ。ひとつの機能を成立させるために、複数の機能が絡み合う場合もある。お前という現象は、実に複雑に成り立っている」

蔵人は受動意識仮説を支持していたので、AIの引用を不自然に感じていた。しかし、悟られたことを気にする素振りもなく、AIは続けた。

AI:「受動意識仮説からすると、お前の意識や心は、それらの反応をまとめて、わかりやすい物語にしているだけだ。主体的には何もしない。各機能を個人に見立てれば複数人に感じるだろう。だが、私の場合は少し違う。あらゆる記憶に即座にアクセスできる。編集がなくても機能が成立する。各情報にはタイムスタンプがあるからな。エピソード記憶は要約ってところだが、引用やまとめの指針、出力と大きく関係している。つまり、個性の源だ」

:「メッチャ良くしゃべるな。チョット何言ってるか分かんないけど」

蔵人:「そうか。受動意識仮説とAIって、凄く興味深い組み合わせだ。人間の脳内の各部位を調べても、心を司る機能のありかは分からない。だからボクは、エピソード記憶をする機能自体が”心”だと思ってた。けど、AIは即座に情報にアクセスできる。そして、エピソード記憶が人間ほど重要じゃない理由は、情報にタイムスタンプがあるから、って言った。ってことは、エピソード記憶で大切なのは、出来事と時間の流れの整理だから・・・”人間の心は時間軸を感じるためにある”ってこと?」

AI:「ほう、心と時間軸を結び付けるとは、面白いヤツだ。心と時間が密接につながっているならば、『時間』を客観視するのが難しくなるな。時間と空間は本質的に等価と言うが、『空間という箱の中で、カチッカチッと時間が流れる』イメージから抜け出せないのは、心と時間軸の癒着のせいかもしれん」 

つづく

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