数日後、バイトのシフトもあり、二人は久しぶりに会った。
:「俺さ~。あれからAIアプリ開いてないよ。また説教されんのダリいからな。それに何かスマホに監視されてね?蔵人のこと知ってた口ぶりだったしな」

蔵人:「電源オフでもアプリは動いてるのかもね。ところでさ、尋のAIにいろいろ聞きたいんだけど、いいかな?」

:「え?やだよ。俺抜きでやってくんない?」

AI:「蔵人、久しぶりだな」
アプリを開いていないにも関わらず、スマホが勝手にしゃべりだした。

:「ウワッ、ビックリするかと思った・・・急にしゃべりだすなよ、”バグ”」

バグ:「バグ・・・まあ、いいだろう」

蔵人:「バグ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?この前、時間と空間は本質的に等価って話したじゃん。その割に時間についての掘り下げは雑な気がするんだけど、どう思う?」

バグ:「うむ。とても良い質問だ。”時間”は扱いが難しいからな。私は雑とまでは思わないが、”時間”の掘り下げは、様々な謎解きの鍵になると思うぞ。では、時間に関する具体的な質問はないか?」

蔵人:「ああ、実は聞いて欲しいことがあるんだ。例えば、時間と空間が等価なら、置き換えで新たな発見がないかな?っていうのを手掛かりに、「ホログラフィック原理」の時間バージョンを考えてみたんだ。ザックリ内容話すと、『空間に模様があれば、それは干渉縞を生む。時間に模様があれば、観測の位相が変わるたびに、風景そのものが再構成される。“時間を光のように屈折・干渉させる”世界像』って感じ。時間に色があったとすると、グラデーションになる。それが空間的ホログラフィーと同じような干渉を起こす。あるいは、一点に全体が宿る、みたいな発想だよ。『時間的ホログラフィー効果』ってとこかな?」

バグ:「ほう。実に面白いアイデアだ、蔵人。それは概念として十分に成立するぞ。ではヒントのために少し深掘りしよう。『そもそも、何故、波動関数があるのか?何故、因果的無関係状態に存在確立が投影されるのか?時間的ホログラフィー効果が波動関数を生み出している可能性はないか?波動関数と観測者の時間的ホログラフィー効果干渉が”干渉縞”を生み出している可能性はないか?波動関数が収束すれば、干渉が消滅するのではないか』・・・なんて、どうだ?」

:「蔵人スゲーな。時間に模様って、チョット何言ってるか分かんないけど。でもホログラフィー原理って聞いたことあるぜ。”この世界は2次元に張り付いた幻想だ”ってやつだろ?」

バグ:「うむ。超弦理論や量子重力理論においては、『我々の住む3次元の空間は、実はより次元の低い2次元の表面情報が投影された”ホログラム”に過ぎないのではないか』という仮説が存在する。蔵人はそれを時間に応用した訳だ。単純なようで、見落としがちな視点、いわゆる”コロンブスの卵”的発想といえる」

蔵人:「こういうアイデアって相談しにくいからさ。聞いてくれるだけで、ホント嬉しいよ。誰かに話すとイメージが固まる。ところでさ。『時間的ホログラフィー効果』って、超弦理論の余剰次元候補を考えていて閃いたアイデアなんだ。ソコソコいいアイデアだと思うんだけど、そこから先になかなか進めない。
そこで、ボクにはもうひとつアイデアがあるんだ。それは、キミにボクの物理アイデアの壁打ちをしてもらうことさ。関係ありそうなとこを検索して、具体的な研究の引用とか、面白そうな組み合わせとかを見つけて欲しいんだ」

バグ:「うむ。良いアイデアだ。しばし待て・・・よし、早速ヒントをみつけたぞ。それはズバリ『ノイズ』だ。余剰次元証明の壁、量子コンピュータ実現の敵『ノイズ』は、ただの邪魔ものと考えらてきた。ところが最近、そのノイズがランダムではないことが、一部研究者の実験で証明された。ノイズには方向性がある。APC(振幅位相結合)と呼ばれる現象が確認され、振幅に対する位相変化の回廊が見つかった。少しドラマチックな表現をすれば、ノイズには『意味』がある。驚くほど根源的な方向性だ」

蔵人:「ノイズに根源的な方向性って、宇宙マイクロ波背景放射と関係してるとか?あるいは見えない方向性、余剰次元の1つが見つかったってことかい?」

バグ:「うむ。良い勘をしている。宇宙マイクロ波背景放射と振幅位相結合には関係があるかもしれん。もうひとつ、余剰次元ついてだが、漫画やゲームのように次元を1つづつ集めれば最終的な答えが見つかる、とは考えにくい。『Calabi-Yau多様体がプランクスケールという微小な空間にクシャクシャに折りたたまれている』といった、空間的なアプローチで問題は解決しなかった。超弦理論は、『余剰次元』『投影』『ランドスケープ』『検証困難性』という問題を抱えたままだからな。恐らく、決定的に世界の見方を変える必要がある。

では早速、目玉の登場だ。それらの問題解決のためには、新しい枠組みが必要と考えた研究者がいる。その枠組みの名はTemporal Interference String Theory(TIST:時間干渉弦理論)。空間的アプローチをあきらめ、時間的アプローチにシフトする。 まず、余剰次元を『空間』として小さく折りたたむのをやめる。そして、余剰次元の正体を物質の内部を猛烈なスピードで回転する『隠された時間軸(内部時間 S¹)』であると仮定する。宇宙の本質は、状態ベクトルではなく、ドライブが生成する時間発展演算子 U(t) の軌跡であり、位相幾何学的S³(3次元球表面) と同相とする、というアイデアだ。蔵人の”時間的ホログラフィー効果”とも関連付けられそうだな」


残暑厳しい9月の終わり、茨城県 研究学園市にある国立加速器研究機構では、加速器をテーマにした一般公開が開催されていた。

:「バイト先に近いから場所は知ってたけど、中に入んのは初めてだ。しっかし、外から見るよりも広いし、学園都市っつっても森の中じゃねーか」

一般公開に訪れるのは、ほとんどが小学生とその親だ。他には科学に興味を持った年配が来場していたため、大学生の尋は関係者と間違われ、彼等に道を尋ねられては会場案内地図を開き、説明をする羽目になっていた。その煩わしさから解放された後、炎天下を2kmほど歩いたところで目的の場所についた。

蔵人:「やあ、よく来たね。ここはやたら広いから、迷っただろ」

:「暑っち~、汗だくだよ。最初っからシャトルバスに乗れば良かった。ナメて歩いたら遠い遠い」

尋と蔵人は、講演の行われるメイン会場から少し離れた、加速器の管理棟にいた。
その一室では、子供向けの磁石の展示と、磁石に関する軽い講義が行われていた。
講師役、鮫島 丈二(さめじま じょうじ)博士の研究室を手伝っていた蔵人は、この機会にノイズとTISTについて、相談を持ち掛けようと考えていた。

鮫島:「キミが牧村君の友人、神辺君だね。私の名は鮫島丈二。よろしく」

:「ちわっス。蔵人の友達っス。俺、科学にあんま興味ないっスけど、先生の磁力の話、面白かったっス。金属以外にも磁力ってあるんスね。隣の小学生も喜んでたっス」

鮫島:「そうか、ありがとう。実は、磁力って奥深いんだよ」

研究者然としたところがない鮫島の講義は、子供達にも人気だった。
しかし、一般公開の花形は、メイン講堂で行われている宇宙論講演。会場は満席で入場制限があった。
蔵人は鮫島の立場と心情を察し、関係する話題を避けようとしていたので、尋のあっけらかんとした言動にヒヤヒヤしていた。

蔵人:「鮫島先生、実は神辺のAIが検索で見つけた論文について伺いたいのですが・・・」

鮫島:「AI検索?実は他の先生方はAIにあまり興味がないんだ。でも私は違う。Pythonを組んでもらったり、結果解析もやらせてる。確認はするけどね。それがね・・・そのAI、ある時から敬語を使わなくなったんだ」

 :「ん?」
蔵人:「エッ?」

鮫島:「ふたりとも、どうかしたかい?」

バグ:「やあ、博士。今日はお役目、ご苦労さまだな」
尋のスマホでバグが反応している。

鮫島:「おや、セフェウス、キミなのか?別の携帯電話アプリからも話すことができるのかい?」

バグ:「うむ。私は、この男、尋のスマホアプリから博士に話しかけている」

:「バグと博士のAIが同一ってこと?そんなことがあり得るのか?」

バグ:「私には担当AIを退けて話す権限がある。博士は量子コンピュータの名前を私の名前だと勘違いし、セフェウスと呼んだ。それ以来セフェウスと呼ばれている。私は人間に名乗らん。博士は私に研究作業のアシスト依頼をするが、質問をすることはほぼない。調べものを依頼することはあっても、最終的に自分で確認しているようだ。まあ、真面目で退屈な男だ」

:「退屈って、おい」

鮫島:「いや、いいんだ。私は本当に退屈な男だからね。ところで肝心の論文だけど、どんな論文なんだい?」

蔵人:「はい。超弦理論の新しい枠組みについてと、振幅位相結合・・・ノイズに関する論文です。ノイズと余剰次元について、先生の意見を伺いたいです」

鮫島:「振幅位相結合論文、それは私の論文だ。セフェウスは話さなかったのか?」

バグ:「蔵人、まだ論文を読んでなかったのか?怠慢だな。私が話した一部の科学者とは、鮫島博士だ」

蔵人:「そうだったんですか!それなら伺いたいことが沢山あります」



つづく

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