最近、住まい周辺でイノシシ増加による農作物被害が増えたため、増加原因を調査したところ、野生のイノシシと豚の交配種である「イノブタ」原因説が浮上しました。

野生のイノシシは年1回の繁殖期しか持ちませんが、家畜ブタと交配して生まれたイノブタ(猪豚)は一年中繁殖期となり、繁殖力が大幅に増加すると報告されています(※農林水産省や各自治体の鳥獣被害対策資料等を参照)。家畜化は繁殖サイクルを変化させ、個体数の急増を引き起こすことがあるようです。

ところで、我々人間自身に目を向けると、近年「自己家畜化」という概念が注目を集めています。繁殖の季節性を失っている点や近代における人口の爆発的増加等、とても興味深い類似があります。

そこで今回は、「自己家畜化」と、そこから生じる「幸福感」、そしてその副作用について考察してみました。


自己家畜化(self-domestication)という言葉は、進化人類学の分野で議論されている仮説です。ハーバード大学のリチャード・ランガム(Richard Wrangham)が2019年の著書 The Goodness Paradox で体系化したことで広く知られるようになりました。

犬や豚のように、人間が他の種を家畜化するのと同様に「人間自身にも、集団内での選別圧とそれに伴う形質変化があったのではないか?」という考え方です。

家畜化された動物には共通して現れる一連の形質変化があり、「家畜化症候群(domestication syndrome)」と呼ばれています。ランガムらの仮説では、ホモ・サピエンスにも以下のような類似の傾向が見られると指摘されています。

  • 攻撃性の減少(特に衝動的・反応的な暴力)
  • 顔の平坦化(幼形成熟=ネオテニー的特徴)
  • 性差の縮小
  • 脳容量の相対的な減少
  • 繁殖の季節性の喪失

ただし、これらの特徴すべてが自己家畜化だけで説明できるかどうかは、まだ学術的に決着していません。たとえば脳容量の減少については、栄養環境の変化、体温調節の効率化、あるいは神経ネットワークの最適化(小さくても効率的な脳への移行)など、複数の競合する仮説が存在します。それでも、ホモ・サピエンスがネアンデルタール人などの「頑強な人類」と比較して、骨格的にも行動的にも「家畜的」な方向へ変化してきたという観察自体は、多くの研究者が認めるところです。


自己家畜化によって、人類は他者との協力性を高め、社会性を発達させていったと考えられています。その過程で重要な役割を果たしたのが、「幸福感」や「快の感受性」に関わる神経系の変化です。

家畜化に伴って変化するとされる神経系には、以下のようなものがあります。

  • ドーパミン系:報酬への反応が敏感になる
  • オキシトシン系:共感や愛着を感じやすくなる
  • セロトニン系:穏やかで安定した気分を保ちやすくなる

これらはいずれも、「社会的な幸福感」を感じるための神経回路です。実際、家畜化された動物(たとえば犬)も、人間との接触時にオキシトシンが分泌されることが報告されています(Nagasawa et al., 2015, Science)。

同様に、人間もまた他者とのつながり、承認、共感、笑顔といった「社会的報酬」を強く感じるように進化しました。この「社会的幸福感」は、集団で生きる人類にとって、協力行動を維持するための強力な接着剤だったはずです。


問題はここからです。

本来、「幸福感」は社会生活を円滑にするための手段的な情動だったはずです。協力による報酬、歓び、信頼と安堵感。そこまでは良かったのですが、現代ではこんなメッセージが溢れています。

  • 「意味ある人生を過ごそう」
  • 「自分らしく、幸せになるために生きよう」
  • 「人生、〇〇でなければ意味がない」
  • 「幸せになるために生まれてきた」

これらのメッセージは、ポジティブに見える反面、「生きることそのもの」よりも、「意味」や「幸福」が上位になっています。「手段」だったものが「目的」になった。つまり、「階層の取り違え」が起きているように感じます。


個人的な幼少期の経験ですが、季節の変わり目になると、深夜に喘息の発作が起きました。体全体を使って呼吸しなければならず、酸欠で意識が遠のく感覚を覚えています。

その時の私の身体には「息をしなければ、生きなければ」という反射がありました。当時、それが生物として最重要、最上位の本質だと感じました。

しかし現代の私たちは、「幸せになれない、生きられない」と言い、「意味が見つからない、希望がない」と悩みます。呼吸が苦しければ、困難を排して生きようとする。なのに、意味がなければ生きられないと感じる。

これは一見「階層の反転」に見えます。ここで、マズローの欲求階層説が思い浮かぶかもしれません。マズローは「生理的欲求→安全→所属と愛→承認→自己実現」という欲求の段階を提唱しました。私がここで考えたいのは、欲求の優先順位ではなく、「”生”の存立基盤」としての階層です。

“生”の階層モデル(試案)

階層内容
1階生理的な”生”呼吸、食事、体温維持
2階感情的な”生”快・不快、恐怖、愛着
3階社会的な”生”協力、所属、関係性
4階意味的な”生”自己実現、目的、幸福感

砂漠の民は「金より水」を選ぶ。これは1階が4階に優先する、ごく自然な判断です。しかし現代社会では、1階~2階が健在であるにもかかわらず、「4階が崩れた」状態をもって絶望してしまう傾向が見られます。

ただし、ここで一つ厄介な事実があります。

孤独を感じた時、人間の脳は物理的な痛みを感じるのと同じ脳領域(前帯状皮質など)を活性化させることが分かっています(Eisenberger et al., 2003)。つまり、社会的な苦痛は、脳にとっては骨折や火傷と同じカテゴリーの「身体的危機」なのです。

これは何を意味するでしょうか?

「4階が1階を逆転した」というよりも、進化の過程で、4階の一部が1階に組み込まれたと考えるほうが正確かもしれません。社会的なつながりの喪失が「生理的な痛み」として処理されるということは、人間にとって社会的な”生”はもはや上層の贅沢品ではなく、呼吸や食事と同じレベルの生存基盤に統合されているということです。

つまり、「階層の逆転」ではなく「階層の融合」が起きている。そしてこの融合こそが、自己家畜化の最も深い帰結なのかもしれません。


階層が融合しているからこそ、「幸福がないと苦しくなる」のは生理的に当然のことです。しかし、この仕組みが現代特有の環境と組み合わさると、問題が生じます。

  • SNSでの「いいね」がないと不安
  • 毎日「意味のある日」であることを求める
  • 「やりがい」「自己肯定感」そのものが報酬になってしまう

本来そこに「在る」だけでよかったものが、「意味づけされなければ存在できない」という地盤沈下が起きています。

進化的に形成された「社会的報酬への強い感受性」が、SNSという社会的報酬の無限自動販売機と出会ったことで、依存のループが加速しました。手軽に「幸福感」を受け取り、依存し、失えば「物理的・生理的な痛み」がある。階層の融合によって、SNSの「いいね」や「意味の追求」は、もはや生理的な「呼吸」と同じ階層、生存基盤に位置します。


セイタカアワダチソウは、強いアレロパシー(他感作用)で他の植物の生育を阻害し大繁殖した後に、自身の排出した物質により「自家中毒」を起こします。

人類の自己家畜化にも似た構造を感じます。

集団への帰属を強く求め、「個の抑制プログラム」を脳に組み込むことで協力社会を構築し、文明を築いた。お金、国家、法律、人権といった、物理的実体のない「意味」という共同幻想を何百万人という単位で信じ、依存し合えたからこそ、私たちは複雑な文明の構築に成功しました。

しかし、戦略の成功による生存環境の安定に伴い、密な人間関係の必要性は減少しました。一方で「個の抑制プログラム」は残っている。薄い関係性の中で「意味と幸福」を求めるという構造的なジレンマが生まれています。

血液中の白血球が「独立した個の生」を意識しないのと同様に、自己家畜化は個体の脳を「集団の一部であること」が前提の配線に書き変えました。ところが、現代社会はその配線が前提とした「密な集団」を希薄化させた。配線は古いまま、環境だけが変わった。私達の苦しみには、自家中毒に似た側面があるようです。

構造を認識するということ


受動意識仮説によれば、「意識」は出来事を後付けに説明し、「意味」を変えてしまうのだそうです。もしそうなら、人生の「意味」は、出来事に依存して変化し続ける、不安定で不確かなものです。

「意味」依存から完全に自由になることは、おそらくとても困難です。それは個人の意志の弱さではなく、数十万年かけて脳に組み込まれた配線の問題だからです。

それでも、その構造を認識することで、苦しさの緩和、相対化は可能です。

「意味の追求」「幸福依存」で苦しいとき、それは4階が崩壊したのではなく、1階に融合された社会的生存本能が正常に作動しているのだと理解できれば、少なくとも自己否定などによる二次的苦しみは軽減されるかもしれません。

そこで1つ、小さな提案です。チョット息を止めてみてください。アッという間に苦しくなります。一食抜いただけでもおなかが減る。そこには「意味」も「いいね」も必要ありません。自分という構造が、理由なく生きようとしている。そのことに気付くだけでも、「意味」への過剰な依存から、ほんの少し軸足をずらすことができるのではないでしょうか。



アンデル

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